]W 血の絆
ズシャアッ――
スキンヘッドの阿修羅が、強烈なブローをくらって地面に叩きつけられた。
剣崎は、今しがた竜児が駆け抜けていった『魔将門』の方向を見上げる。
――竜、おめえならきっと…。
石段を駆けあがってくる足音で、もう気がついていた。
「片付いたのか、おめえの方は」
ふりむいた剣崎にうなずき返したのは――
――影道総帥。
「ええ、高嶺くんは…」
「カイザーを持って先へ向かった。オレたちも急いで加勢にいくぜ」
総帥がうなずきかけたとき、岩陰から誰かが叫んだ。
「そうはいくかァ!」
すばやく身構えるふたりの前に、二十人近い阿修羅が立ちはだかる。
「総本山の門をくぐった者を、生かしては帰さん」
「高嶺もいまごろは『龍王門』を守る六龍王の手にかかって息絶えているはず」
「お前たちも…ここで死ねェ!」
飛びかかってきた阿修羅は、剣崎の一撃であっけなくふっ飛ばされた。
「あいにくだが、いまお前らと遊んでやってるヒマはねえんだ!」
次々と襲いかかる阿修羅に、剣崎と総帥の拳が炸裂する。
数分もたたぬうちに、大勢いた阿修羅たちの全員が地に倒れ伏していた。
「急ぎましょう」
ああ、と総帥にうなずきかけて、剣崎はハッとした。
「志那虎と石松が…」
足腰のたたない石松と、左腕をいためた志那虎。
とうてい闘える状態ではないふたりに、阿修羅たちが襲いかかったとしたら…!
石段を駆けおりながら、剣崎はつぶやくように言った。
「しかし、妙だな」
「?」
「阿修羅ってえのは何百年も続いてきた血族のはずだが、ここにはガキしかいねえ」
「気づきましたか」
「ああ。さっきの最強とかぬかしてたハゲでも、せいぜい二十歳前後だろう。プロの世界じゃ、二十代半ばでも現役で
強いやつは大勢いる。やつらが真面目に密命とやらのために強( つえ) え兵隊を集めてるなら、もう少し年上のヤツが
いてもいいはずだ」
「おそらく、それが――」
――阿修羅一族の秘密にかかわっているはず。
そう、総帥はいった。
「どういうことだ」
「『朱霊門』の血の池を見たでしょう」
剣崎は、先ほど通った門の手前にあった異様な池のことを思いだした。
下から上がって来た石段は、岩場の途中で、自然にできたと思われる洞窟のなかへ続いていた。
岩山に囲まれた広い空洞は、岩の間からさしこむ外の光で薄明るい。
その中をしばらくゆくと――その池は、あった。
いちめんに真紅に濁り、鉄のような臭気をただよわせている…
(これは、血の池か…!?)
いや、それよりも。
今しもそのなかで、死闘が行なわれている。
膝まで池につかった大柄な阿修羅の男と、影道総帥の闘いが。
阿修羅の背中越しに、総帥は一瞬こちらを認めた。
(にいさん…!)
(殉( じゅん) )
相手の阿修羅も気づいたはずだが、こちらが手を出さないかぎり無視するつもりのようだ。
おそらく、お互いが名のりあい正々堂々勝敗を決する一騎打ち――
男どうしの真剣勝負を、今かれらは闘っている。
(あなたは先へ行ってください。はやく高嶺くんに、それを…!)
総帥の目くばせにうなずき返し、剣崎はその場を先へと急いだのだ。
その時の相手――阿修羅の獅子王は、この血の池が『不死身の阿修羅一族を育てる源』だと言っていた。
「戦国時代、阿修羅という忍( しのび) の一族が不死身の肉体を持っていたという言いつたえがあります。
だが、かれらは生まれた時から不死身というわけではなかったようだ」
そういって、総帥は話しはじめた。
「かれらの肉体が異常な回復力を持つのは、男子の身体が発達しはじめる十二〜三歳ごろから二十歳前後で
成長が止まるまでの間に限られる。それゆえ、阿修羅にはくのいちがいないのだと…」
だが、世代を経るごとに、血は薄まる。
不死身の体質を子孫に残すためにかれらは手をつくしたが、やがてその力も何代かのうちに失われ、不死身の
一族の存在は歴史の闇に姿を消した――。
「だが、かれらの血は現代まで生きつづけていた。その秘密が…」
そういって総帥は、今たどりついた『朱霊門』の扉を開け放った。
「この血の池か」
「ええ、おそらくは。この『血』が、かれら一族の血に眠る資質を最大限に引きだす作用を持っている」
「…だが、これは本物の血か?」
池の血を指にとり、剣崎は舐めてみた。やはり血の味がする。
「あっ、不用意に口にしないほうがいいですよ」
「頭まで池につかってたお前がなんともねえんだから、大丈夫だ」
「今はなんともなくとも、たとえば子孫になんらかの影響があるやも…」
「…フッ。 不死身の子供( ガキ) でも生まれるってか?」
たとえばの話ですよ、と微笑して、総帥は兄の冗談を受け流した。
池を渡りながら、説明を続ける。
「この池を発見したかれらの祖先は、これで、一族の失われつつある不死身の肉体を蘇らせることができる、と
考えたに違いない」
それだけではなく――と、総帥は続けた。
生まれながらにして不死身の、完全な肉体を持つ戦士をつくることができるのではないか、と。
「完全な不死身の戦士…」
「ええ」
いくら戦国の忍( しのび) でも、主君が滅亡したのちまで密命を守り続ける義務はない。
いつしか、目的がすりかわっているのだ。
すりかえたのは、おそらくこの場所を発見した一族の祖先――
かれは自らを神格化し、密命成就を建前にして、最強の一族をつくりあげようとした。
後の世に、自分の子孫――不死身の戦士がカイザーを手にし、世界を征服することを夢見て。
自分の一族への執着と、果たせなかった野望への執着。
そのために子孫を恐怖で縛りあげ、無理やりそれを継がせようとした者がいる。
それが、すなわち――
「阿修羅王の正体だ」
「その亡霊が…こんなくだらねえ闘いに、何百年もてめえの子孫を巻きこんできたってのか」
(くだらねえ)
剣崎は胸の奥でつぶやいた。
(野望なんてのは、てめえ自身で果たしてこそ意味があるんじゃねえか)
――そんなもののために、河井は…竜は…。
ぐっ、と拳をかたく握りしめる。
(おめえらのどっちかがくたばるようなことがあれば、オレがこの手で阿修羅をぶっつぶす…!)
その時、石段の暗がりで何かが動く気配がした。
「むっ」
総帥と剣崎は、前方へむかって神経を研ぎ澄ませる。
むこうも、こちらに気づいて身構える気配がした。
「誰だ、てめえは!」
その声を聞いて――ふたりは、微笑をかわした。
「フッ… 無事だったか、お前ら」
志那虎と――その肩をかりて立つ石松。
霧のむこうから、満身創痍のふたりが姿をあらわした。
「剣崎…!」
石松が声を張りあげる。
「てめえ、なんで戻ってきた!?」
「石松!」
状況を察した志那虎が鋭くたしなめた。
思えば、不自由な右手で石松を引きずるようにして、ようやくここまで来たが…
その途中で残党狩りの阿修羅たちに出くわさなかったのは、たしかに運がよかったのだ。
が、石松は気づかない。
「あんな…あれほどボロボロに傷ついてる竜を、ひとりで行かせたってのかよ!?」
「石松。おめえは竜を信用できねえのか」
剣崎が冷ややかに言うと、石松は、うっ、とひるんだ。
「あいつはかならず河井を引っ張ってくる。その時に、オレたちがそろって二人を出迎えてやらねえで
どうするんだ」
「剣崎…」
その横で、総帥はすばやく志那虎の左腕に応急処置をほどこしている。
剣崎はクールな表情のまま、石松にむかって続けた。
「ごちゃごちゃ言ってねえで、手当てをうけろ。ことによると、もうひとっ働きしなきゃならねえ。休んでる
ヒマはねえぞ」
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