[ 宣戦布告




凄牙は武士に、九つの門をはじめとする総本山のすべてを説明しながら見せてまわった。
総本山の出口にあたる最初の門、地獄門まで歩いてゆく。
帰りは別の道にでた。
一見して獣道( けものみち) にしか見えない藪のなかを、しばらく進む。
崖で行き止まりに見える場所までくると、曲がり角に細い道があった。
「こちらが昨夜の通り道だ。すこし遠まわりだが、里の者はこちらを使っている」
本道よりも狭く簡素な石段の道には、目印のためか、途中に小さな門がいくつか作られてあった。
しばらく登ると、ふいに水の匂いがする。
さらに登ると目の前が開けて、よどんだ河の淵にでた。
「ここで、少し休むか」
凄牙がほとりの巨石に腰を掛けていった。
ふと武士が見ると、足元に流れてきたものがある。
――柄杓( ひしゃく) が…。
それを拾いあげ、上流を見やると白い着物が目にはいった。
深くかぶった衣笠( きぬがさ) で顔は見えないが、背格好からすると女性のようだ。
「おい、孔士」
凄牙がいった時には、もうそちらへ歩きだしている。
「これは、あなたのものですか」
返事はない。
黙ったままで武士が差し出した柄杓を受けとる時、布の隙間から娘の顔がのぞいた。
うつくしい目元をぽうっと桃色に染めている。たぶん、姉よりも年下だろう。
目があった途端、かの女は背を向け、小走りに逃げた。
「あ。キミ…」
よせ、と凄牙がひき止めた。
「巫女( みこ) とは口をきくことを禁じられているんだ」
「巫女…?」
「阿修羅の純粋な血を残すための…母となるべき女性だ」
かの女たちは、俗世間から隔てられて暮らし、一族の純粋な血をうけつぐ戦士の子を産む。
だが、一族の掟によって、すぐにわが子と引き離され、けっして子育てをすることはないのだという。
「オレたちを産んだのも、ああした巫女たちだ。実の母親はだれだかわからんし、母と呼ぶことも許されない。

 実の両親などいない、といったのはそういう意味だ」
「この現代に、そんな――」
「聞いただろう。阿修羅の里に一歩はいれば、これが正気なのだ、と」


ゆっくり散策して里に帰ると、夕刻になっていた。
「河井武士」
いきなり名を呼ばれて、武士はハッとふりむいた。
聖堂の柱の影から姿をあらわしたのは――
「――という男は、まだ生きていますか」
(なに…? あれは、ぼく自身…!?)
阿修羅の闘衣に身をつつんだ自分自身が、石段をおりて近づいてくる。
「答えてください。死んでいればよし、さもなくば――」
ピタリ、と数メートルの間合いをおいて、かれは立ちどまった。
身構える武士とのあいだに緊張が走る。
「…フッ、その様子ではまだ完全に死んではいないようだ」
前髪を手で払ったかれの端正な顔だちが、はっきりと確認できた。
「妖鬼豼…!」
「高嶺竜児からの伝言です」
――いかなる状態になろうと、河井武士はオレたちにとってかけがえのない友だ。
   かならず、オレたちが救いだす。
そういって、妖鬼豼は背をむけた。
「たしかに伝えましたよ」
「ま…待ってくれ、妖鬼豼」
高まる動悸を押さえながら、武士は呼びとめた。
「高嶺くんに…高嶺くんたちに、会ったのか?」
「ええ。越後長岡にて通告しました――本日より我ら一族は、きみたち日本Jr.に全面攻撃をしかける、と」
――…ああ、ついに…!
阿修羅一族が、かつての真友( とも) を敵とする死闘を開始したのだ。
(来るな…。来ないでくれ、高嶺くん…)
「妙な気をおこすなよ、孔士」
立ちすくむ武士の背後に、いつしか数人の阿修羅が立っていた。
「かつての朋友ばかりか、河井家の者まで死闘に巻きこみたくなければな」
「なに? どういうことだ」
武士は冷ややかな視線を百鬼丸に向けた。
かわりに、闇法師が下卑た笑いを浮かべていう。
「貴子といったな、おまえの姉は…。あの女をおまえの代わりに――」
姉の名に、びくっ、と武士は反応した。
「闇法師、よけいなことを言うな」
百鬼丸が手でさえぎった。
「…ねえさんは、関係ないはずだ…」
押し殺した声の武士からは、静かな殺気がただよっている。
そこへ、ぬっと進みでた獅子王がいった。
「阿修羅は、密命成就( みつめいじょうじゅ) の目的をさまたげる者は敵とみなす。それがたとえ、一族の子を育てた

 恩のある家であってもだ」
「女子供であろうと、我々はいっさい敵に容赦はしない」
百鬼丸が続ける。
「それをよく考えることだ、孔士」
――ねえさん…!



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