]U 死闘




ギィ…。 ギィ…。
半開きになった門が風に吹かれて、軋( きし)んだ音をたてている。
「ここが、阿修羅総本山か…」
剣崎は、『地獄門』と掲げられた門の前に立ってつぶやいた。
飛び散った血のあとが、ここで行われた死闘の激しさを語っている。
門の脇には、敗者が横たわっていた。
剣崎は、血にまみれた阿修羅のそばにかがみこむ。
死んではいないが、完全に気を失っているようだ。
――テリオスをブッ放したか…。
ふと目を下に向けると、落ちているものがある。
剣崎はそれを拾いあげた。
ドラゴンリスト…竜児が手首につけていたものだ。
落ちている場所と状態から、闘いの途中であわただしく外したものらしい。
ポケットに押しこみ、門の中に踏みこんだ。


鬱蒼( うっそう) とした杉林を縫うように、石段は続いている。
やがて、『聖帝門』と掲げられた門が見えてきた。
ここも――半開きの扉に、風が吹き抜けている。
石畳に、かなりの量の血が染みついていた。
おそらく、敗者が倒れる時に頭でも切ったのだろう。
コツン――
足先に当たったものを見ると、竜児が足首につけていたドラゴンアンクルだ。
拾いあげながら、剣崎はつぶやいた。
「あのバカ…なんで初めから外さねえんだ」
門の脇に、細身の阿修羅が倒れている。
その額に巻かれた止血の布を見て、剣崎は苦笑した。
――こんな事をするおせっかいなヤツは、ひとりしかいねえ。
「あいつも先へ行ったか…」
つぶやくと、剣崎は半開きの門を抜けた。


ドオオオオオ…
石段を上ってゆくと、響きわたる轟音が近づいてくる。
ふいに道が途切れ、前方が開けた。
「滝か…」
幅広の滝が目の前で、絶え間なくしぶきを上げている。
見あげると、濁流の向こう岸に門の屋根がのぞいている。
『宝輪門』という字が読みとれた。
「ここから落ちたんじゃ、助からねえぞ…」
崖下に目を落とした剣崎は、うっ、と短くうめいた。
――まさか…。
滝壷からやや離れた河岸に、誰かが倒れている。
自力で泳ぎついて力尽きたか、どこかのおせっかいが引きあげてやったか。
どちらにせよ、不死身という阿修羅のことだ、生きてはいるだろう。
岩伝いの道から上に出て、河の飛び石をわたる。
開け放たれた宝輪門をくぐり、剣崎は先を急いだ。


山のなかを、石段はさらに上へ続く。
霧の向こうに『鬼道門』と掲げられた門が見えてきた。
ここも、扉は開け放たれている。
門の上から数本の鎖が垂れ下がっており、霧の中に倒れている人影がある。
小山のような大男が、この門を守っていた阿修羅だろう。
その横にひとり…いやふたり。
その姿を認めるなり、剣崎は駆けだした。
「石松!」
泥と血にまみれた石松は、死んだように動かない。
「おい…しっかりしろ、石松…!」
抱き起こして揺さぶると、石松は薄目を開けた。
「お…おせえじゃねえか…バッカ野郎…」
笑顔をつくろうとして、切れた唇を歪める。
――来ると思ってたぜ、剣崎。
「は、早く行けよ…。そいつを…渡すんだろ、竜に」
「ああ…」
「…行くからよ…。オ、オレも、あとから……」
「石…」
「な、何やってんだ…行けよオラ…!」
「…よし、石松。ひと足さきに行ってるから、おめえはあとから這いずってでも来い。わかったな」
剣崎がいうと、石松は笑いの形に口元をつりあげた。
「んなこたあ… い、言われなくても、わかってるぜ…!」
鎖の下がる門を抜け、剣崎は振りかえらずに上を目指す。


石段のあちこちに倒れている阿修羅を横目に見て、剣崎は半開きの『金剛門』をくぐった。
「フッ… お前にしちゃ、気のきいたみやげを持ってるじゃねえか」
振りかえると、志那虎が門柱にもたれて立っている。
「そっちこそどうしたんだ、ええ? こんな所で休んでるヒマはねえはずだぜ」
そういってから、ふいに剣崎の表情が厳しくなる。
志那虎が左腕をかばうように背を丸めているのに気づいたのだ。
「まさか、おめえ…」
「ああ、すまねえが少し痛めちまったようだ。おさまったらすぐに行く」
おそらく、少し、どころではないはずだ。
微笑する志那虎の額には脂汗が浮き、身体が小刻みに震えている。
もし、少しでも闘える状態なら――すでに先へ向かっていただろう。
「…わかった。オレは先に行くぜ」
石段を踏み出しかけて、剣崎はふと立ちどまった。
「石の野郎が――這いずりながら、こっちへ向かってる。もし来れるようなら、ひきずってでも連れてきてやってくれ」
石松の無事をきいた志那虎は、苦笑まじりの渋い微笑でこたえる。
「ああ…まかせとけ」
石段を遠ざかる剣崎の背中を見送りながら、志那虎は心の中でつぶやいた。

  ――竜、総帥…剣崎。 河井を頼んだぜ…!



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