X 悪夢




ゆらり――
かがり火が揺れ、阿修羅像のすさまじい形相を照らしだす。
はあ…はあ…
荒い息づかいが、薄暗い堂内に響いている。
「う…。…ねえさん…」
苦しげに顔を歪める武士の乱れた襟首を、のしかかる阿修羅の男が乱暴につかんだ。
「おまえを捨てた家族のことは忘れろ。身も心も阿修羅となって、高嶺竜児を倒すのだ」
「い…いやだ…。高嶺くん…ぐあ…ッ!」
「羅刹鬼( らせつき) 、いつまで遊んでいる」
腕組みをして立っていた邪鬼がいった。
「強情なやつだ。これだけ責めてもまだ、友情とやらが忘れられんとみえる」
「う…ううっ…」
「よく考えろ、孔士。おまえの身体には阿修羅一族の血が流れている。こうなってもまだ、昔の友がおまえを
見捨てずにいるとでも思うのか?」
「くっ…」
羅刹鬼の言葉に、武士は辛そうに顔をそむける。
「なんなら高嶺たちに教えてやってもいい。おまえの身体はすでに、骨の髄まで阿修羅一族のものになって
いる――と」
「や…やめてくれ…。それ…だけは…」
「かわれ、羅刹鬼。オレがとどめをさしてやる」
別の阿修羅が進み出て、ぐったりと倒れ伏す武士の胸ぐらをとる。
両手を鎖でいましめられているのが痛々しい。
「河井武士はここで死ぬのだ。この百鬼丸の手でな…!」
武士の目が衝撃に見開かれた。
「うっ…うわあああァーッ!!」


「河井さん!」
竜児は叫んで飛び起きた。身体じゅうにびっしょり汗をかいている。
(ゆ…夢か…。縁起でもない)
「な…なんだ、どうした竜…。わるい夢でも見たのか」
隣の布団で寝ていた石松が、目をこすりながら言った。
「う、うん…なんでもない」
「おまえは心配性だからなァ…。明日は早いんだから、はやく寝ろよ」
「ごめん…」
横を向いて頭から布団をかぶる石松を見ると、竜児もふたたび横になった。
天井をぼんやりと見あげる。目がさえて寝つけそうにない。
――河井さん…どうか無事で…。
「河井なら大丈夫だ」
頭から布団をかぶったまま、石松がいった。
「かりにも黄金の日本Jr.のメンバーだ。何が起きようと、そう簡単にやられる男じゃねェ」
「ああ…。けど…」
竜児は悪夢を思いだしてうつむいた。もしも…。
石松は『心配性だ』と笑うだろうか。
河井の姉の妙な様子…総帥の話…不気味な宣戦布告…。
「もし…河井さんが、オレたちの想像もつかないような苦境に立たされていたとしたら…」
「…なァ、竜よ」
「…ああ」
「そういう時のために、オレたちがいるんじゃねェか?」
「え…」
「苦境をてめえの力で乗り越えてこそ、男ってもんだ。だがなァ、ひとりじゃどうにもならねえ時ってのも、
ある。そういうマジにヤベェ時、そっと手をかしてやるのが、本当のダチってもんじゃねェのか?」
「……」
「おまえは気づいちゃいねェだろうが…オレもよ、竜。おまえ…おまえらには、ずいぶんと助けられてんだぜ」
「石松…」
「乗り越えるのは、あいつ自身だ。けど、河井はきっと、オレたちを待ってるぜ」
「…うん」
布団をかぶった石松の背中に向かって、竜児はうなずいた。


翌日、京都駅――
「けどよォあの執事、ちゃんと剣崎に伝えてんのか? 出る前に竜が電話したときも『ぼっちゃまは朝の
トレーニング中です』とかいって取り次がねェし」
駅構内の階段を上りながら、石松が文句をいう。
「いくら大金持ちだか知んねェけどよォ、感じわりィよなァ」
「しかたないさ。剣崎はトレーニング中に邪魔が入るのを一番いやがるんだし」
――それに。
孤独を好む…というより、孤独の道を選びつづけることを自らに課しているような剣崎が、まだ事が起こったと
決まっていないうちから、駆けつけるとは思えない。
それを言うと、石松はきっと怒るだろうけど。
「おっ、ダンナァ〜!」
待ち合わせたホームで志那虎の姿を見るなり、石松は駆けだした。
こちらを認めた志那虎が、軽く左手を上げてこたえる。
「よう」
「ひさしぶりだなァ、ダンナよォ。二年前と変わっちゃいねェ」
「フッ…あいかわらずフケてるって言いてえのか、石」
「そ…そこまで言ってねェよ、なあ竜」
あわてる石松に、竜児は思わずくすっと笑う。
「おっ、そうだ駅弁駅弁。京都駅でいちばんうまいやつ、オレ知ってんだよ。ダンナは昼メシ食ったかァ?」
売店に駆けこむ石松を追いながら、竜児と志那虎は顔を見あわせて微笑した。
「変わっちゃいねえな、石も」
「ああ」
――これで、河井さんに何事もなければいいけど。
ふと顔を曇らせる竜児の肩を、志那虎が軽く叩いた。
「行こうぜ、竜」
口数すくない志那虎のひとことに込められた思いが、竜児にはわかった。

この同窓会のような小旅行の目的地、越後長岡。
そこで何が起きているのか――
この時の三人は、知るよしもない。



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